BLOG ブログ
ブログ
ブログ

第三章天然石と内観17

内観のやり方

第三章天然石と内観17

『石を持っているだけじゃもったいないっていう話』

石を持って生きているとまわりや自分のなにかが変わったと思うんですが、変わったところが分かりますか?
変化を感じられていますか?

悩みのタネだったイヤな人が去っていったとか、ずっと悩んでいた出来事が起こらなくなったとか、不安にならなくなったとか、キズつきにくくなったとか。
なにか変化があったと思うのだけど、それはどうしてかというと自分の内面が今までとは変化したからです。
物事の思いかたや出来事の受け取りかたが変わったから。
この変化したところが具体的にどう変化したのかは自分にしか分かりません。
もしかしたらこうやって聞かれるまでは、外側の変化だけは気づいていたけれど自分の内面が変化したとは思っておらず、自分の変化に気づいていないかもしれません。
だけど内側の変化を自覚することにすごく意味があるって思います。
だからせひ自分の心の変化に敏感になってほしいです!

内側の自分の変化を感じられていないと、石を迎えて魔法みたいに現実が変わった!と喜んでいたかもしれません。
でも違うんです。
石を迎えて自分の内側に絶対に変化したところがあって、その変化があったから現実が変わったんです。
現実を創りだすチカラのある天然石と生きる、ということを天然石はとても分かりやすく現実に見せてくれます。
だから向き合うと、分かると思います。

これを、なにかよく分からないけど悩まなくなって自分が明るくなってラッキー!って思う、それでもいい人もいるかもしれないけれど、せっかくすごく本物の石に出逢えているのだから、ちゃんと自分と深く繋がって自分の描いた理想の現実を創りだすという意思を持ちましょう!
自分から積極的に変化していく姿勢を持つことでもっと現実は細かなところまで変わっていくし、強めると自分が思うより『先』まで可能性はぐんと広がります。

それは自分が変わるだけではなく家族の性格まで変わってしまうほど、天然石には無限にチカラがあるし、自分の可能性も無限にあるんです!
わたしにはそんなチカラが無いって思いますか?
いいえ。『ある』から現実が変化しているんですよ!
現実が良いほうに変わったのは天然石とともにいる自分が天然石の愛の波動の影響を受けたからです。
自分がどのように変化したのかを自分で分かると意識的に積極的に自分で変化を起こしていくこともできます。
内観によりピンポイントにそれは可能です。
自分に変化するチカラがあると見るか、無いと見るか。
自分がいつもなにをどう見ているかもクセのようなもの。そこを意識して変えると自分がいる世界が一変します。
意識するとたくさん見えて、気づくことができます。
それらが現実を創っているのだからそれも自分のチカラです。

石にチカラがあり石をたいせつにしていたら、自分が受け身のままでも現実のどこかが少しは良くなるだろうけど、『自分はなにもしていない、自分はそんなチカラは無い』と自分を無力に思うままよりは、『わたしをこんなふうに変えていく』という意識的に自分の思考や行動を変えて、その結果現実が変化したと思えたら、それは自分の内側からの自信になります。

石と共鳴できている、という事実から天然石をますます信頼し、自分を信じるきもちも育ちます。
自分は無力じゃなかった、と自分で思うことは自分の人生を自分で責任を持って自分が思うように創っていく現実創造の、ものすごくたいせつな基本の心の土台です。

自分のなかに現実を創るチカラがあると思えたら、次は自分を制限する枠を取り払い、自分が思い描く可能性をいつも最大、最高にします。
その最大に描いた可能性も自分のチカラ。それを差しだして天然石のチカラと合わさって、自分の思い込んだ制限を超えて、自分が思いもしなかった想像を超えた現実に行けます。
すごく大きなチカラがあるんです。
天然石にも、自分にも。

石を迎えるという出来事が起きてから石を迎える前と比較して、なにが変化したかを探る内観をぜひしてほしいです。
変わったところはどこかな?って、『探る』という意識を持って自分の内側を探ってください。
そういえばここが前とちがう、と思い当たり、変化したところの実感を得られると思います。

心がこう変わったから今までだったらなんでも我慢して耐えていたのに、またおなじ場面が起きたときにはちゃんと断れた、など、変化の内容を言語化できると自分で変化したことを理解し記憶できます。
なにか変わった、の、『なにか』を言語化すると具体的になるので、自分にとって過ちの『くりかえし』に気づきやすくなり、この意識的な気づきが自分を今までとは違う方向に進ませていきます。
現実を見る目が変わり、物事を受け取る心が変わり、自分の在りかたが変わり、存在する世界が変わります。
現実がスライドするみたいに変わったぶんだけ違う現実に移動できます。
天然石だけが働き、変えてくれたんじゃなくて、自分も変化して天然石といっしょに現実を変えたと思ってください。
自分のチカラも認める。自分が変わる自分発のアクションがあって現実が変化します。
それってとっても自分次第っていうことです。

そもそも天然石を迎えるところから変化は始まっています。
自分に使うにはちょっと勇気が必要な値段の石がどうしても欲しい、なぜか気になって眠れない、みたいな人は大チャンス!
そこに自分が作った制限があるということを、まだ石を迎える前から石は教えてくれています。
この買い物に不安とワクワクを感じたなら、どうぞワクワクするほうへ決断してください。
お金が無くなるという不安がある『今いるところ』から、このワクワクとともに、自分がまだ知らない『その向こう』へ、明るいほうに行ってみたいと思うなら自分をそっちに連れて行ってください。

そしてそもそも石を迎えたいというきっかけの、なにか変わりたい、変えたいっていう思い。
それらの感覚を鋭くして、迷いを切る。
思い切って迎えた天然石は震える両手でたいせつに受け取るでしょう。
そして真剣に石と繋がり、その後も自分と誠実に向きあえるでしょう。
だからどんな石も軽やかに買えるほど自然にお金を持っている人よりも、お金を使うことに対するきもちに躊躇がある人のほうが真剣に必死になれる気がします。
自分に繋がる感動ストーリーの解放感や変化の内容がすごく分かりやすく表れて、自分の成長も深く体験できると思います。

心を探る、ってこういうことか、と理解できたら、自分で自分を探る感覚が身について、もっと自分の現実を理想に近づけようと自分の意欲のままに努力ができます。
人の言動や物事の受け取りかたや自分へ向ける言葉が変わります。
自分が変わったことを石たちが感じ取ってくれて、背中を押してくれるかんじ。
自分が変わるほどにどんどん変化していきますよ。

たとえばわたしは、今までずっとあんまり笑っていなかったです。
子どものころから意識しても笑えない。いつのまにかそんなふうでした。
写真を撮るときにはみんな笑うでしょう?わたしもみんなとおなじように笑顔を作っているつもり。
だけど笑っていないみたいで、旅先で笑顔の家族写真を撮りたかった父に怒られたことがあるし、卒業アルバムの撮影でも毎回いつも指摘されて、すごくやり直しをさせられました。
わたしは笑えていると思っているから困惑しかなく、笑顔の指導をされるほど表情が分からなくなり泣きたくなりました。
カメラマンの人にため息をつかれたことも覚えていて完全にトラウマです。
わたしは鏡を見ながら練習したし、笑えているつもりだからどうして注意されるのか分かりません。
写真のために笑う、って今もどうしたらいいか分かりません。
わたしはわたしのクマのある顔がそもそもイヤだったからわたしは写真をほとんど持っていません。

笑っていないと話しかたも明るくはなりません。
笑っていないからふつうの言いかたで話しても不機嫌に見られてそう思われてしまいます。
どうしてそんなに笑えなかったか、って原因は笑える環境になかった育ちかたにあると思っています。
今思えば家族のだれも笑ってなかった気がします。
テレビがついていて、祖母が人の悪口ばかり言っていて、みんな聞こえないふりをして、ボーっとテレビに気を取られているフリをしていました。
そしてわたしはそれプラス、母にムシされていたから息をひそめていました。
テレビを見て笑うどころではありませんでした。
基本的に笑顔の無い家族だったんだと気づきました。

だからなのか、わたしはよく笑う天真爛漫な夫に惹かれて、にこにこ笑う子どもが生まれて、わたしも楽しく笑う機会が増えたと思います。
だけど基本が、無自覚とはいえ基本的に笑顔がまったくないのかもしれないです。
楽しい気分でいても、なんで怒ってるの?と夫はよく言いました。
なので口角が下がらないように気をつけていました。
だけど何回もそう言ってくるからだんだんイライラしてきて、『怒ってないよ!』って怒った言いかたになり本当に怒ってしまいます。
それが増えて、強い口調で否定したり返事をするのがふつうになってしまった気がします。
そうなるとわたしだけではなく夫もそんな乱暴な言葉と態度になりました。
わたしからは、あなたがしつこいからって思う。
夫は、わたしのせい!って思っているでしょう。
わたしと夫は長くそんな雰囲気だったから、わたしが優しく話したいとある日思ってもなかなか変えられませんでした。
怒らないふつうの言いかたにするだけで精一杯でした。

だけど天然石と出逢ってその美しさと清らかさに向き合っていると心が軽くなるのを感じました。
きれいだからうっとりする自分も現れました。
そうなると眉間にシワを寄せるチカラが抜ける気がしました。
そうすると口角も下がらなくなります。
あまりに石たちが美しく澄んでいるからわたしの心もほぐれて澄んでいきました。
本当はわたしも優しくなりたいよ、本当はわたしも笑いたいよ、にこにこしていたいよ、っていう想いが浮上しました。
笑顔なつもりでも笑えていないといつも注意されたみたいに、今も笑えているかわたしには見えないから分かりません。
だけど日頃の話しかたや態度をやわらかくしたり優しくしたりすることで印象が変わり、身近にいる人には笑顔に見えていくことはあるだろうって思いました。

長年無愛想が基本になったわたしが家族の前でにこにこするのは勇気がいるけど、天然石を持って感じた『優しく笑っていたい』という自分が、『良い、好き』と思いました。
だからこの浮上した想いはたいせつにしたいと思いました。
良いと感じた自分のほうに変わりたい。
急に態度を変えるのは勇気がいるけど、やわらかく話すことから始めて、けんかごしな言いかたが返ってきてもわたしはまたやんわり話して、穏やかなわたしが日常になるように変えました。
穏やかが乱れるときはいつでも天然石を持ちました。
そうして天然石と話すときのチカラが抜けた自分を取り戻し、また穏やかに優しい自分に整えました。

なにか言われても、わたしが合わせるのは怒鳴る夫ではなく天然石のほうに合わせます。
夫は夫、わたしはわたし。わたしはわたしの学びをしているからわたしが変わればいいと思いました。 
疲れてもくじけそうになっても、わたしはわたしで天然石が増えて内観が深まっていたから夫が気になることもだんだんと減りました。

わたしはこう在りたい、という想いに集中していました。
家族の前だけではなくだれの前であっても優しく穏やかに話し、にこにこして笑っていたい。
自然な笑顔になれるように、顔やカラダからりきんだチカラが抜けるようになりたい。
その意識だけになって、いつのまにか夫と言い合いをすることは無くなりました。
夫もにこにこすることが増えました。
怒っている、と今も夫にたまに言われるけれど、今はそう言われて心底驚くほどわたしは本当に怒っていないのです。
基本ごきげんさんに整っているので、怒っていると言われてもどうしようもありません。
夫がいる世界にいるわたしは怒っているのでしょう!
自分が思うような現実を自分が創っている、ってそういうことなんだと思います。
すぐ近くにいるのに世界はズレます。
ズレるけど相手を気にせずに澄んでいる自分を保ちます。
おなじ家にいるのにムスメの世界にいるわたしはいつも楽しそうにしているでしょう。
伝わる人には伝わります。
わたしはおなじひとりだけど人の数だけ世界はあって、わたしもいろんなわたしがいるということです。
だから人にどう見られるかは気にしなくていいって思います。

自分が描く理想に向けて澄み清らかな意識を放ち、澄み清らかに在り続けることが、『理想』を固定すると思います。
これが自分の世界を創る現実創造って思います。
わたしは最近、思いきり笑いました。うれしくてたまらないことがあったからです。
うれしいことを100パーセントの喜びで受け取って、笑えるわたしがいる現実が創られました。
本当にエネルギーが明るくなったからもっと現実が変化するって思っています!
『そう思う』っていうことがまた現実を創るチカラになるんです!

天然石を買うときにはわたしは優しくなりたいって思っていなかったと思うけど、『優しい虹が広がります』という言葉にものすごく惹かれてアメジストを選んだなぁ、って思いだします。
わたしは優しくないからこんなわたしのところに優しいアメジストが来たらこの石がかわいそうかなぁ、って躊躇したことも思いだします。
だけど、優しくないままでいいのか、本当はどうしたいのか、って心と向き合っていた気がします。
このアメジストを見るたびに、『優しい虹が広がります』っていう言葉を思いだします。
それがわたしにいつも優しさを意識させてくれるでしょう。
躊躇があるうちは似合わないから少し気まずい気はするけれど、この気まずさが無くなるまで自分が本当に優しいほうに変わればいいのだから。
高め合いたい。そう思って、自分が感じた躊躇を超えたのを思いだしました。
大きなローズクォーツや、ムーンストーンやセレスタイト、紅色のレムリアンシードクリスタルなど少しずつ迎えていました。
かわいい小さな天使たちもそうだけど、みんな、優しい、と思って惹かれた石たちでした。
明るくにこにこっていうのも、虹のスフィアや明るい黄色のゴールデンカルサイトの大きなハートの石が、言語化未満なところですでにわたしの願望と繋がって共鳴していたんだろうと思います。

今思うとすごい金額の石はひとつも無いけれど、だけど『もうすぐ誕生日だから』『今まで自分のモノを買うことがなかったから少しくらいいいよね』って言い聞かせないと自分にお金を使えませんでした。
おかげで、『自分のために』『自分の願いを叶える』という意識が育ちました。
自分のために生きることができてしあわせになり、愛があふれて、人をしあわせにできます。
だからどんどん自分をしあわせにしていこう!ってそんなあたりまえを今やっと手に入れて、自分がしあわせな現実を創造していくことにまっすぐです。

自分の心が重たいところにありすぎたから、わたしは自分の変化がよく分かったし、変えたいと思うところも次々と違和感として浮上しました。
浮上しながらピンときた石を迎えたり、なぜか気になる石を迎えてから心のなかの反応したところが次の課題になったり。
そんな内面との連動に気づいて反応に敏感にいました。
敏感にいて言語化して、『良い、好き』と思うわたしがいるほうに進んでいきました。
わたしは自分を否定してキライだったから自分をそのまま受け入れて好きになる課題がありました。
天然石から感じるような、条件が無くても愛されるかんじがとても安心して居心地がいい。
だからわたしもそうなりたい、ってシンプルにそのまま、そんな天然石に感じた愛のほうに進んでいるだけです。
それで現実は、愛あふれる人とつながりが増えたと感じます。
心が良いほうに変わっていくと自分が明るく穏やかにいられる現実が創られるからうれしいですよね!
自分の心の変化に敏感でいると、自分次第で確実に現実を変えていけます。
石のチカラをもっと信じて、自分のチカラももっと信じて、自分をどんどん自分らしい自分へと変化させて、現実を変えていきましょう!

『自分の可能性はすばらしく無限大です!!』
この言葉を読むだけでこの言霊が内側に響きますから、受け取って響かせてくださいね。
心の深いところから変わります♡


 
愛の魂に戻る内観トップへ 


章子さんと共著しました、書籍「石たちに導かれて 体験編」はこちら