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なぜ私たちは「パワーストーン」と言わないのか

社長コラム

なぜ私たちは「パワーストーン」と言わないのか

天然石のお店をやっていますが、私たちは「パワーストーン」という言葉を、ほとんど使いません。石を売っている立場で妙な話に聞こえるかもしれませんが、これにはちゃんとした理由があります。順番にお話しします。

「パワーストーン」という言葉が前提にしていること

「パワーストーン=力の石」。よくできた言葉です。でも分解してみると、こんな前提が隠れています。力は石の側にあり、あなたには足りていない、だから石から分けてもらいなさい——。気づくと、主役が“石”になってしまっているんです。あなたは、力を受け取るだけの側に置かれている。私が最初に引っかかるのは、ここです。

「念入り」「波動転写」をうたう石について

さらに過熱した世界もあります。「この石には念を込めてあります」「波動を転写しました」「特別な技をかけました」と言って売られる石です。

物理の話を少しだけ。私は理学部物理出身で、長くソフトウェアの仕事をしてきました。その目で見ると、念や波動を石に“転写する”という話は、原理的にかなり無理があります。水晶(SiO₂)は自然界でもとびきり安定した結晶で、時計やコンピューターの時間の基準をとる水晶発振器に使われるほどブレません。気分で揺れる私たち人間が、その超安定の鉱物に何かを上書きする——むしろ逆で、安定しているのはいつも石のほうです。だから私は「特別な力を込めました」と言って石を売ることはできません。

そして、こうした売り方が言っているのは、突き詰めると「特別な力を持つ私が、弱いあなたに力を分けてあげますよ」という構図です。

どちらも、結局は“依存”の話

ここで、二つの世界がつながります。パワーストーンは「力は石にある、あなたは足りない」。念や波動転写は「力は特別な人にある、あなたは足りない」。預け先が石か人かの違いだけで、言っていることは同じです。「答えはあなたの外にある。だから、頼りなさい」

私は、この構造が苦手です。人を“自分には力がない”という気持ちにさせて、外側の何かに頼らせる——それは、静かに人を弱らせます。実は私自身、昔それでひどい目に遭い、全財産を失った経験があります。だからこそ、お店としてはその逆を選びたい。お客さまに依存してほしくないし、いつか「もう石がなくても大丈夫」と卒業してもらえたら、それが本望です。

では、石に意味はないのか

ここまで読むと「石は無意味なのか」と思われるかもしれませんが、そうではありません。石は力を“足す”ものではない。けれど、あなたがもともと持っている力を思い出させてくれる——その役割はあると、私は感じています(あくまで、私の体感の一例です)。きれいな水晶をそばに置くと、不思議と頭の中が静かになり、自分が本当はどうしたいのか、という小さな声が聞こえてくる。古くから水晶は「心を澄ませる石」と伝えられていますが、近い感覚かもしれません。

つまり石は、力の供給源ではなく触媒です。あなたの中で、もう起きる準備のできた変化を、そっと後押しする、持ち歩ける大自然のかけら。だから私たちは大げさな力をうたわず、ただ「石」「天然石」「自分と繋がる石」と呼びます。力は最初からあなたの中にあり、石はそれを思い出すための、少し美しいきっかけにすぎません。主役は、いつでもあなたです。


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