水晶に「念」は込められない|時計になる石の、ほんとうの神秘
水晶を「時計」と呼んだら、あなたは驚くだろうか。でも、本当の話だ。あなたの腕時計の中では、今この瞬間も、小さな水晶が、狂いなく時を刻んでいる。その事実を知ると、巷にあふれる「この水晶に、あなただけの念を込めました」という言葉が、どれだけ的外れか、見えてくる。
あなたの時計の中に、水晶がいる
クォーツ時計の「クォーツ(quartz)」とは、水晶のこと。水晶には圧電効果という性質があり、電気を流すと、決まった速さで震える。しかも、その震えが、とてつもなく安定している。1秒間に、32,768回。何度やっても、いつやっても、寸分違わず。この気の遠くなる正確さを利用して、人類は時計を作った。コンピュータの心臓部にも、同じ水晶が入っている。私たちの文明は、この石の律儀さの上に、建っている。
その水晶に、「念」は込められるのか?
そんな、1秒に3万回、何万年でも狂わずに震え続ける結晶に、「あなただけの念を込めました」と言う人がいる。だが、考えてみてほしい。もし本当に念で水晶の震えが変わるのなら、世界中の時計が狂い、コンピュータが止まり、文明が崩れる。そんなことは、起きない。水晶は、人の念になど、みじんも動じない。あんなに正確なものを、気分や念で曲げられるわけが、ないのだ。念で水晶が変わるという話は、嘘である。
「波動を注入しました」という商売について
私は、こういう商売が、心底きらいだ。石を高く売るために、神秘という言葉を、安っぽい道具に使う。ありもしない「あなた専用の力」を吹き込んだふりをして、不安な人から、お金を取る。あれは神秘ではない。神秘の、切り売りだ。冒涜だ。一人の人間の「魔力」が、現実を都合よくねじ曲げることなど、あり得ない。
本物の神秘は、足さなくていい
こういう人たちは、水晶を、安く見積もりすぎている。念や技を足さないと、価値が出ないと思っている。とんでもない話だ。1秒に32,768回、何億回と、ただの一度も狂わずに震え続ける。ケイ素と酸素の原子が、誰に命じられたわけでもなく、勝手に、寸分の狂いもない秩序を選んで、あの美しい六角柱になる。そして、時を刻む。——これが、神秘でなくて、何だというのだ。「そういう物理法則だから」と片づけた、そのすぐ裏側に、途方もないものが控えている。私には、そう思えてならない。
だから、水晶には何も足さない
そんな本物の神秘を前にして、「念を込めました」なんて、私は恥ずかしくて言えない。あまりに、安すぎるから。だから私は、水晶に、何も足さない。足さないまま、ただ、その正確さに、手を合わせる。そして——この「狂わない」という性質こそが、実は、揺らいでばかりの私たちの心にとって、大きな意味を持ってくる。その話は、また、別の回で。
時を刻む。ただ、それだけ。でも、それだけで、もう十分すぎるほど、神秘だ。水晶に、これ以上、いったい何を足そうというのか。
それでは、今日もごきげんよう。
念も、効能も、うたわない水晶を
FieldStonesでは、念だの効能だのを一切うたわず、石そのものをご覧いただけるようご紹介しています。怪しい力を吹き込んだと称する石ではなく、ただ美しく、ただ正確に在る、本物の水晶を、どうぞご覧ください。
最初の一石には
水晶のことや、ここに書ききれない話は、公式LINEでも少しずつお届けしています。