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嫌な記憶が勝手に再生されるのは、あなたが弱いからじゃない

社長コラム

嫌な記憶が勝手に再生されるのは、あなたが弱いからじゃない

通勤電車に揺られているとき。あるいは、夜、布団に入って目を閉じたとき。ふとした拍子に、それは突然やってきます。何年も前の、思い出したくもない記憶——変なことを言ってしまった瞬間、誰かに軽蔑された場面、フラれた日のこと。なんの前触れもなく、頭の中で勝手に再生が始まり、思わず「うわーっ」と声が出そうになる。あの感じ、覚えのある方は多いのではないでしょうか。私自身、ずっとそうでした。今日は、その“突然の再生”の話です。

不思議なのは、「感情まで」よみがえること

このとき再生されるのは、出来事の“情報”だけではありません。あの時に感じた感情まで、生々しく一緒に蘇ってきます。惨めだった気持ち、許せないという怒り、「なんであんなことを」という後悔。何年も前の感情のはずなのに、まるで今さっき味わったかのようにリアルに再生される。記憶とは本来ただの“情報”のはずなのに、なぜ感情までワンセットで保存され、ワンセットで蘇るのか。まるで、その時の気持ちごと“録画”されていたかのようです。

しかも、再生ボタンを押した覚えがない

もうひとつ、奇妙なことがあります。私はこの再生を、自分で「見よう」と思って始めた覚えがないのです。むしろ見たくない。なのに、こちらの意志を完全に無視して、いきなり「再生」される。見たくないと言っている自分を無視して、勝手にスイッチを入れる“何か”が、頭の中にいるらしいのです。

厄介なのは、それが「爆弾のように居続ける」こと

そして、いちばん厄介なのがここです。その時の感情が、昇華されないまま——きれいに消化されないまま、爆弾のように、ずっと自分の中に居続ける。そして、ふとした拍子に、何度も何度も再生される。同じ場面が、何年にもわたって繰り返し。そのたびに気分は沈み、せっかくの朝も、眠ろうとした夜も台無しです。「もう思い出すな」と念じても効きません。むしろ、消そうとするほど居座る。これは前回お話しした“頭の中のうるさい声”と同じで、戦うと、たいてい負けます。

ある時、ふっと力が抜ける

ところが、これは私の体感の一例ですが、ある時ふっと、握りしめていた力が抜ける瞬間があります。それは「あ、これは“録画”だ。“今”じゃない」と気づいたとき。当時の自分が傷ついたのは本物で、なかったことにする必要はありません。けれど、今ここでその場面を再生している“今の私”は、もうあの場所にはいない。録画は過去の光であって、今の現実ではないのです。そう気づけたとき、不思議と、爆弾の信管が少しだけ抜ける感じがします。完全に消えなくていい。ただ「あ、また録画が流れているな」と気づけるだけで、飲み込まれずに済むのです。

これは、あなたが弱いからじゃない

大切なことをひとつ。あの記憶が勝手に蘇るのは、あなたが弱いからでも、心がおかしいからでもありません。誰の頭の中でも起きている、ごく自然なこと。無理に消そうとしなくて大丈夫です。やることは戦うことではなく、ただ「あ、録画か」と気づいてあげること。それだけで、ずいぶん違います。これも体感の一例ですが、そういう再生が始まったとき、手の中に静かな石があると、手のひらに伝わるひんやりした重みに意識が戻り、過去の録画から“今この瞬間”へ帰ってくる——そんな小さな手すりのような役目を、してくれる気がします。あなたは、その録画ではありません。あなたは、それを観ている側。主役は、いつでもあなたです。


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